福岡→新潟へ 交通誘導員にオレはなる!からの・・・
・やることがない!?
ブラック企業から無事出獄し、実家の新潟へ戻りました。
とりあえず帰省したものの、これから何をしたいか、どうすればいいのかさっぱりわからず、とりあえず少しの間のんびりしようと試みました。
無職を経験されたことのある方はわかるかと思いますが、2週間もするとやることがなさすぎて飽きてしまうんですよね(^^;
そんなある日、本屋に行くと「海外で働こう!」的な雑誌を発見。
学生時代からいつか海外で働いてみたいなー。と漠然と考えていたぼくは、雑誌を読み「ワーキングホリデー」の特集を見て、これだ!と考えました。
・アルバイトスタート
まずは渡航のための軍資金づくりだ!と、さっそく交通誘導のアルバイトをスタートしました。
やってみてわかったのですが、想像以上に仕事がキツかった・・・
まだ交通量の多い現場に当たったときは無心で仕事ができるのでいいのですが、車がほとんど通らない現場に行くと、時の流れが精神と時の部屋に変化します。
加えてぼくの目は紫外線に弱いらしく、日差しのある日はいつも目が真っ赤に充血していました。
加えて職場の人間関係がひどく、いくつかの派閥のようなものがあり、いたるところで陰口が横行していました。
「資金が貯まるまでの我慢だ」
と考え、月10万程貯金をしながら生活をしていたある日、段々と自分に変化を感じるようになりました。
・出社拒否?
ある朝仕事に行こうとすると、不思議なことに家から出られないのです。
頭では「行かなきゃ」と思っているのですが、体が言うことを聞かず、家の階段を上ったり下りたりを繰り返しています。
実はその前から一睡もできない日があったり、強い不安感や突然の激しい動悸、また「自分なんて価値のない存在だ」と考えることが多くなったりしました。
そう。いわゆるうつ病の症状です。
しかし当時のぼくはうつ病は知っていましたが、まさか自分がなるとは思っていなかったため、なんとか気合で出社していました。
・交通事故
そんなある日、日ごろの睡眠不足が祟り、仕事中に居眠り運転をしてしまい、事故を起こしてしまいました。
幸い相手もぼくもケガはなく、お互い車の破損だけで済みました(よくケガなかったなと思うくらい車は破損しました)
ですが当時ぼくは車両保険に入っておらず、車の修理費用で貯めていた留学資金を全て失うという事態に見舞われました。
一切の気力をなくし、交通誘導のアルバイトを4か月で退職。
精神科に行ったところ、案の定「うつ病」と診断されました。
・死に至る病
哲学者キェルケゴールは「死に至る病とは絶望である」と言いましたが、当時のぼくは人生に絶望し死んだような状態でした。
振り返ってみると、ブラック企業にいたころの後半戦も似たような状態に陥っていました。
あの頃のダメージが癒えぬまま仕事を再開してしまい、症状がぶり返しただけでなく、更に悪化してしまうという事態を招いたのです。
この頃からブラック企業にいた頃のように、現実から逃げるように毎日お酒を飲むようになり、ぼくの精神はどんどん蝕まれていきました。
つづく。
今日も素敵な1日を。
たきまなぶでした。