うつ病という病
・ただ過ぎていく日々
アルバイトも辞め、うつ病になり、日々何かをする気力も失ったぼくは、実家でただ窓の外を眺めたり、ひたすら布団でゴロゴロする日々を送っていました。
そして夜になれば現実から逃げるようにお酒を飲み、その瞬間だけは現実を忘れられるのですが、翌朝になるとより無気力になるという悪循環の日々でした。
人生に絶望し、出口の見えない暗いトンネルの中にいるような感覚だったことを今も鮮明に覚えています。
・家族、友人の大切さに気付く
色んなものを失い人生に絶望していたぼくですが、このときあることに気づきました。
まず第一に励まし、見守ってくれた家族の存在です。
大学まで出してもらったのに本当に申し訳ない。と日々罪悪感に苛まれていました。
ですが家族はそんなぼくを一切責めることはなく、見守り、励まし続けてくれました。
また、ぼくがこんな状態でも変わらず連絡をくれたり、いつも通り変わらず接してくれたり、中には心配して県外から会いに来てくれる友人たちがいました。
「ぼくがどんな状態になっても離れずに、変わらず接してくれる人たちがいる」
この点に気づいたとき、ぼくは改めて友人の有難さを知り、生きる希望が少し湧いてきました。
・自分は自分でいい
うつ病となって4か月くらい経ったとき、ふとあることに気づきました。
それは「ぼくはぼくのままでいい」ということ。
あまりにも当たり前のことなので、何言ってんの?と思われる方もいるかもしれません。
ですがぼくは知らず知らずのうちに、「こうあるべき」という姿に翻弄されていました。
「いい会社に入らなければいけない」
「社会では立派に活躍しなければいけない」
「辛いことがあっても耐えるべき」
「もっと強くあるべき」等々・・・
そんな自分が勝手に作った「あるべき姿」と「現実の姿」のギャップに苦しんでいたのです。
飾らず、繕わず、ありのままの自分でいい。
弱くても、バカでも、アル中デブでも、とにかくまずは今の自分を認めてあげようと思いました。
それはやはり、自分がどんなに落ちぶれても変わらずに接してくれた家族や友人の存在が大きかったと思います。
・再びアルバイトにチャレンジ
「自分はこれでいいんだ」そう思えたときから体調が徐々に回復していくのを感じました。
絶望感が薄れ、物事への意欲が湧いてくるようになりました。
そんなとき通っていた精神科の先生から
「今ならパートだったらやってみてもいいと思いますよ」
と言われ、パートでのバイトを始めてみることにしました。
本当に自分にできるのだろうか?と不安も大きかったのですが、まず一歩チャレンジし、某インテリアショップに無事採用していただくことができました。
周りも皆良い方ばかりで、失敗をして落ち込むこともありましたが、働けるようになったことへの喜びを感じることができました。
つづく
今日も素晴らしい1日を。
たきまなぶでした。